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東京高等裁判所 平成10年(う)231号 判決 1998年5月27日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人飯田幸光及び被告人本人作成の各控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官三浦正晴作成の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  弁護人の控訴趣意第四及び第二について

論旨は、原判示第一事実(酒類の無免許販売業の罪)について、被告人が雑酒を販売した客は二人であり、販売した量は約三リットルにとどまり、しかも、被告人の販売目的は酒税法の改正を訴えるためであって、職業とするためではなかったのに、原判決が酒類の販売業をしたと認定して法適用をしたのは、法令適用の誤り及び事実誤認にあたるというのである。

検討するに、酒税法九条一項及び五六条一項一号にいう酒類の販売業をするとは、同法が免許を受けないで酒類の販売業をすることを禁止し、その違反を処罰していることの趣旨及び同種の立法における用語例に照らすと、反復又は継続して不特定又は多数の者に酒類を有償譲渡する目的で一回以上の有償譲渡をすることをいい、営利目的の有無又は生活の糧を得る目的の有無を問わないと解するのが相当である。

記録によると、被告人は、平成八年五月一八日東京都杉並区成田東一丁目<番地略>△△マンション一階に「ヤミ米城」の名称で店舗を構え、店先に「これがドブロクだ」と大書した看板を掲げ、出入口ガラス戸に「国税庁御禁製品1kg(税込)千円也」と記載した紙を貼付し、さらに「役人ごろし」と記載したビニール袋を準備した上、主に土曜日から月曜日の午前中にかけて店を開いて有償譲渡を行い、不特定の客二名に対し合計約三リットルの有償譲渡をしたことで本件の検挙に至ったものであって、被告人が反復継続して酒類を有償譲渡する目的で一回以上の有償譲渡をしたことが明らかであるから、酒類の販売業をした場合に該当するものというべきである。

二  弁護人の控訴趣意第二について

論旨は、原判示第一事実(酒類の無免許販売業の罪)について、被告人が販売した時の「役人ごろし」のアルコール分が一度以上であった証拠がないのに、そう認定して酒類の無免許販売業の罪の成立を認めた原判決には事実誤認があるというのである。

関係証拠によると、被告人は、平成八年九月六日午後七時過ぎに青色ポリ容器内のどろっとした液体をカップですくって「役人ごろし」と書いたビニール袋二枚に入れて一名の客に販売したが、その直後の午後七時五〇分にこの二袋とも東京国税局の収税官に領置され、うち一袋の液体については、数時間以内に同局の鑑定官によって成分分析が行われてそのアルコール分が12.2度で、発酵末期であることが判明した。そして、押収された被告人の手帳に記載された麹と米の比率で仕込みをして発酵状況を観察した結果、アルコールの発酵の度合は、仕込みから二四時間までが最も高く、次いで七二時間までが高く、仕込みから二四時間でアルコール分が八度程度になることが判明した。また、同鑑定官によると、発酵を開始した後アルコール分が一度程度になった時には、米が水を吸って膨れ上がった外観を呈しており、柄杓で汲み取るような感じまでには達しないというのである。そうすると、この液体の販売時におけるアルコール分が一度以上であったことは明白というべきである。

また、もう一袋の液体は、先の一袋と同じポリ容器に入れられていたものであったほか、領置された後に冷凍保存され、同年一一月一五日に成分分析された結果、アルコール分が12.8度であることが判明している。したがって、この液体の販売時におけるアルコール分が一度以上であったことは明白である。

さらに、被告人は、先の客と同じ日の同じ時刻ころにもう一人の客に対して青色ポリ容器に入っているどろっとした液状のものをカップで汲み上げて「役人ごろし」のビニール袋一枚に入れて販売しているが、その客は、これを冷蔵庫に入れて保存中、一週間位で発酵のため袋が膨れてきたためガス抜きをし、その後一週間か二週間毎にガス抜きをしていた。その後、これが領置されて平成八年一一月八日東京国税局の鑑定官によって成分分析された結果、アルコール分が14.0度であることが判明している。また、同鑑定官によると、ガス抜きが一週間に一回程度で足りたとすれば販売時には既に発酵末期の状態であり、アルコール分一度という発酵初期の状態ではなかったというのである。そうすると、この液体の販売時のアルコール分が一度以上であったことは明白というべきである。

三  弁護人の控訴趣意第二について

論旨は、原判示第二事実(酒類の無免許製造の罪)について、被告人が「ヤミ米城」で「役人ごろし」を製造した証拠はなく、かえって被告人以外の者が東京以外の土地でこれを製造して「ヤミ米城」に持ち込んだ可能性が高いのに、被告人がここで製造したと認定した原判決には事実誤認があるというのである。

検討するに、酒税法は、酒類を製造しようとする場合には、酒類の種類別に、製造場毎に所轄税務署長の免許を受けなければならず(七条一項)、酒類が製成されたときには、容器ごとに担当職員がその数量、アルコール分等を検定することとし(四一条)、この検定が終わった後初めて酒類を製造場から移出することが許され(四二条)、移出時を基準として酒税が課せられることとし(二二条)、免許を受けないで酒類を製造した者又はその未遂者を処罰する旨を定めている(五四条一項、二項)。そして、ここにいう製成とは、酒税法の構造上、当然に製造が終わった段階をいうものと理解されるのであり、実務上もこの理解に立ち、醸造によって製造する酒類の場合には、主発酵が終わったとき又はこしたときとしている(酒税法基本通達参照)。そうすると、酒税法にいう酒類の製造とは、酒類の仕込み行為からその製成に至るまでの一連の行為をいうものと解される。

関係証拠によると、被告人は、平成八年九月二六日午後九時過ぎころと同年一〇月三日午後一一時過ぎころの二回にわたって、妻とともに、車で七〇リットルのポリ容器を「ヤミ米城」に搬入し、同年一〇月五日に東京国税局の収税官吏にこれらが押収されている。そして、一方の容器からは、アルコール分13.1度で、仕込み後四日以上経過して発酵がほぼ終了した雑酒約36.1リットルが発見され、他の容器からは、アルコール分10.9度で、仕込み後二日ないし三日経過した発酵途中の雑酒31.05リットルが発見されている。これによると、これらの雑酒は、仕込みを終えて発酵が未だ盛んになる前の状態で前記のポリ容器に入れられ、被告人によって「ヤミ米城」に搬入され、その後その場所で被告人の管理の下で発酵が行われていたものと認められる。

そうすると、被告人が「ヤミ米城」で雑酒の発酵を管理していた行為を対象としてその製造をしたと原判決が認定したのは当然である。

四  弁護人の控訴趣意第三について

論旨は、原判示第一事実及び第二事実(酒類の無免許販売業及び無免許製造の各罪)について、本件各犯行を自認する内容の被告人の検察官調書の空白部分に検察官が八行の供述を後で書き入れた疑いがあるのに、弁護人からの取調検察官の証人申請を却下し、また、被告人が製造したとされる雑酒が他人によって「ヤミ米城」に持ち込まれた可能性があるのに、検察官にその可能性がなかったことを立証させずに結審した原審の措置は、審理不尽であり、訴訟手続の法令違反にあたるというのである。

検討するに、所論の前半は、検察官調書に八行分の空白をおいて署名押印を求められたという被告人の供述を基礎とするものであるが、この供述はそれ以前にする機会があったのに第七回公判において突如したものであって、信用性に乏しいばかりか、この八行に先立つ冒頭部分で被告人は本件各事実を認めていることを考え合わせると、取調検察官を証人として尋問するまでもなく所論の主張は失当と認められるので、原審の措置に誤りがあったとはいえない。

所論の後半は、本件の雑酒が被告人以外の者によって「ヤミ米城」に持ち込まれたことを窺わせる証拠はなく、かえって、被告人がこれを持ち込んでその発酵を続けていたことが明らかであったから、この点の原審の措置にも審理不尽はない。

五  弁護人の控訴趣意第五について

論旨は、原判示第二事実(酒類の無免許製造の罪)について、本来自由であるべき酒類の製造を免許制度によって規制している酒税法七条一項、五四条一項は、幸福追求権を保障した憲法一三条に違反しており、また、原判示第一事実(酒類の無免許販売業の罪)について、本来自由であるべき酒類の販売業を免許制度によって規制している酒税法九条一項、五六条一項一号は、職業選択の自由を保障した憲法二二条一項に違反しており、いずれも違憲無効の規定であるのに、原判決が被告人に対してこれを適用したのは法令適用の誤りにあたるというのである。

まず酒類製造者の免許制度について検討するに、酒税法が酒税を徴収することにしているのは、酒類が一般の食品と比較して嗜好品という性質を持つことなどを考慮した結果であるから、課税権の行使として不合理であるとはいえない。また、同法が酒類の製造について免許制度を採用しているのは、酒類製造者を酒税の納税義務者として酒税を徴収することが最も合理的で、その徴収を確実なものとするため酒類製造者の担税能力などについて一定の基準を要請することが合理的であるからであり、課税権の行使の手段として不合理であるとはいえない。そうすると、酒類製造者についての免許制度は、その運用について違憲違法の問題が生じることがあり得るとしても、それ自体を違憲ということはできない。

次に酒類販売業の免許制度について検討するに、酒類製造者の免許制度が憲法に違反しない以上、その制度を維持するため無免許で製造した酒類の販売を規制することも憲法に違反せず、また、無免許で製造した酒類の販売業をした被告人のような行為に対して無免許販売業の規制をすることも憲法に違反しないというべきである。

さらに、酒税法が酒類販売業について免許制度を採用しているのは、酒税の納税義務者である酒類製造者から確実に酒税を徴収するには、酒類製造者が酒類販売業者を通じて消費者から確実に酒税分を回収し得るようにすることが必要であり、そのためには酒類販売業者を免許とし、その経営基盤などについて一定の基準を要請するとともに、適法に製造された酒類のみが販売されるような制度を定めることが合理的であるとの判断に基づいている。したがって、それは課税権の行使の一つの選択手段であり、当然に不合理なものと断じることはできないが、酒類製造者の免許制度と比較すると、確実な課税権の行使という目的との関係は間接的であるため、経済的、社会的な条件の変動に伴って、その必要性と合理性が変動することも考慮に入れる必要があり、事情のいかんによっては、職業選択の自由との関係から、著しく不合理な手段となる場合もあるというべきである(最高裁平成一〇年三月二四日第三小法廷判決、同月二六日第一小法廷判決参照)。しかしながら、その判断は、技術的、政策的な事実判断に基づくところが多いので、第一次的には立法府の判断に委ねるほかはなく、現時点において直ちに現行の免許制度を著しく不合理なものと断じることはできない。

六  被告人の控訴趣意について

論旨のうち、酒税法が酒類の定義としている「アルコール分一度以上の飲料」という文言が著しく明確性を欠くというという点は、法令の定義として十分に明確であるから失当であり、その余の弁護人の控訴趣意と重複する点は、すでに示したとおり理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文を適用して被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 北島佐一郎 裁判官 杉山愼治)

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